確率は「収束する」より、しっくりきた言葉

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パチンコやパチスロで
勝とうと思って
ネットでいろいろ調べてみると
必ず出てくる言葉

「確率は収束する」

私はもろに文系人間ですので、
(理系に憧れていながら、数学ができないので文系にならざるを得なかったのです)
数学的なことは全く解らないのですが、
簡単に説明すると、

たとえば
大当たり確率が
1/100であっても、
1回転で当たることもあるし、
200回転させても当たらないことがあります。

しかし、
その回転数(試行回数)を多くすればするほど
大当たりは 
1/100に
近づいていくことを表しています。

実際にパチンコを打っていても
確率通りに当たらない、
若しくは確率より当たっているということは
ごく普通に起こります。

で、
パチンコ・パチスロ関係のブログや記事を見ると
大当たりが○○回欠損しているなどとよく書いてありますね。

「確率は収束する」

と言われても(むしろ断言されても)、
いつ収束するのか?
いつまでも収束しないのか

どうも釈然としなかったのです。

そんなことを思いながらではないですが、
パチスロブログを巡回していたときに、

あぁ、
そう考えたら納得できるな。

という表現がありました。

それは、

確率は「収束」するというより、
「薄まる」「目立たなくなる」と言ったほうが近い。

という文章でした。

これ、知っている人には当たり前かもしれませんが、
私はこの言葉を見て凄く納得できました。

試行を重ねることによって、
偏った部分(欠損や余剰)が全体で見たときには
目立たなくなる。

文系にとっては、
言葉の使い方によって理解できる度合いが全然違うのにも気づきました。

このように考えると、
パチンコやパチスロでの「確率の収束」は
普通に
仕事帰りに打つ時間だけでは到底
「収束」
しないのかもしれないなぁ。

ただ、
たくさん打てば打つほど
大当たりや、
レア役の回数の偏りは
「目立たなくなる」し、

そのことに
一喜一憂するのも
意味の無いことかもしれません。

私の場合
勝ってるときはいいですけど、
負けてるときはそうもいきませんが。

人生という限られた時間、
その中でパチンコやパチスロに費やす時間では
到底「収束」を見ることはできないのかもしれません。

おしまい

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